2017-10

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まだ闇の中

5日のニュースステーションで松岡修造さんによるレポートが放送されていて途中から見た。女子新体操のなんたらかんたら。途中からなのでどこのチームか判らない、途中で見るのを止めたので結局判らずじまい。ショックだったのだ。ゴルフなどをはじめとする個人競技スポーツが人気となっているこの状況下で、この時代錯誤的な練習方法。要するに“努力・忍耐・根性”の世界。論理的な場面はとても少ないように見えた。特に衝撃的だったのは、途中で失敗すると頭からやり直しというものだ。ここからいったい何が生まれるというのだろう。こういうことをやっていると、選手には競技への自信などというものは育まれず、本番でのたった1回が“成功するか失敗するか分からない”練習からの連続する時間の1場面になってしまうような気がする。実に無駄な時間だ。失敗してしまった選手の中には感極まって泣き出す人もいて、女工哀史を彷彿とさせる場面でさえあった。女性が女性によって抑圧されるのだ。“泣くな!”という言葉にオナニスムが潜んでいることを、私たちは理解しこれを(日本における)スポーツから排除するべきだろう。本来は混乱するくらい泣くべきなのだ。そこから自分たちの置かれている状況を分析してみること。ここに本質的な成長があると考える。写された映像だけを見ても、いかに練習場が異様な雰囲気に覆われているのかが分かる。そこには団体を構成する個々人の、創造された演技への寄与などというものは皆無だ。なぜこうもネガティブな思考に陥るのか。誰もが皆打ちひしがれることのあり得ない彼岸を目指そうとするのか。失敗のないきれいな演技などという志向に、女性に向けられた純潔主義めいたものを僕は感じて不愉快だ。女子バレーはだいぶいい方向にあるようだ。前の監督は粗野を体現したような人物で、“技術継承の構造を持たない”大松時代の復古を思わせた。シンクロも新しい体制ではどうなるか。他の女子団体競技はどうなのだろうか。
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